アギア・アンナ〜ネア〜アギウ・パウル〜ディオニシウ〜グリゴリウ


朝6時半起床。筋肉痛になっている。


朝ご飯まで時間があるのでぼーっと海を眺める。ここの景色は本当に落ち着く。海がまるで地表のように目の前に広がっている。西側にあるので朝日は見られなかったが、昨日の夕日だけで満足だ。


朝ご飯をいただいて(ビスケットとコーヒー)8時頃にアルホンダリキの人にお礼を言って出発する。いきなり膝に悪そうな急な階段をどんどん降りて行く。そして海岸近くに行ったらまた登る。ここは本当にアップダウンの多い土地だ。しかもかなり急な。地図で見たらそこまでアップダウンがなさそうな道でもすごい上り下りをすることになる場合がある。地図には載せられないようなくねくねした道なのだ。


1時間くらい歩くとネア・スキテに着く。ちょっと歩くと筋肉痛がほぐれたのでそこまで辛くはなかった。ここではアルホンダリキを見つけられなかったのでビスケットと水でちょっと休憩してから先に進むことにする。またアップダウンの激しい道に出る。ここは道が途中ふさがれていたりしてかなりややこしかった。結局ふさがれていた道に無理矢理入ったり、無人に見える家の庭に入ったりなんかして進んでいった。すると白い砂浜に出る。そこからそびえ立つように修道院が見える。ここがアギウ・パウルだ。この修道院に行くまでにまた上り坂を行く。さすがに疲れてきた。修道院に入ったら早速ウゾー(ラヴラ以来の)とルクミをもらい、風の通り抜ける部屋で1時間くらい休む。ここではグルジア人のアルホンダリキが相手をしてくれた。父が何やらロシア語でしゃべっていた。僕もロシア語を習いたいなぁなんて思いながらぼんやりする。ここはもうまさにホテルといった感じだった。広いしきれいだ。アギア・アンナもきれいだったがアギウ・パウルほど広くなかった。休憩中父は眠ったようだった(目を閉じていた)。昨日からの坂道がかなり負担になっているようで、休憩の数と時間が増えている。大丈夫だろうか?


アギウ・パウル


12時頃に出発することにする。その前にグルジア人のアルホンダリキにお礼を言おうと思って探すがいない。どうやら昼寝をしていたようだ。アトスの僧侶は朝早く起きてよく眠くならないな、と感心していたがこれで謎がとけた。何故かほかの僧侶にアルホンダリキの居場所を訊ねたら起こしてきてくれて、昼寝の邪魔をしてしまった。とにかくグルジアの僧侶にお礼を言ってアギウ・パウルを出て行く。途中ラテン系のノリのルーマニア人の僧侶に会う。この人はかなりテンションが高く、しゃべり方もくだけていた。普通のそこら辺にいる遊び好きの兄ちゃん、という感じで紫色のローブを着ていた。さらに砂浜に進むと今度はファンキーな僧侶を見かける。携帯を片手に四駆を乗り回し、サングラスをかけている僧侶だ。こちらも紫のローブを着ていた。どうやら紫の人はちょっとくだけているらしい。


同じようなアップダウンが1時間続く。違うのは上昇してきた気温と正午近い太陽の光。ここまで来ると疲れを通り越してしまう。逆に楽になっていた。別に休憩したいともあまり思わなかった。かなり無心に歩いた。すっと足が前に進む。1時にはディオニスウに着いた。ここはかなりパウルに外見が似ていた。ここでもルクミとウゾーをもらい、水をたっぷり飲みながらゆっくりする。2時まで休憩ということになった。海の見えるテラスで冷たい水を飲んでいると次第に服の汗も渇いてきて、気持ちのいい景色を楽しむ余裕も生まれてくる。ところでここのアルホンダリキはとても親切だったのだが、かなり変わり者だった。白髪と白ひげの50過ぎくらいのおじさんだったのだが、日本に船員として行ったこともあるらしく、かなり話しかけてきた。しかし、その話しかけ方というのが変わっていた。最初は国籍と宗教を聞かれたのだが、そのあとどっかに行ってしまった。また戻ってきたときにはビスケットをくれた。そしてウロウロし始めて、戻ってきてちょっと話しかけてまたウロウロしてもどってきてを繰り返していた。こんな具合だ。「アトスは好きか?」好きです(ここで返事を聞いた後何ごともなかったようにどこかに消える)。(そして戻ってきて)「ここには神がいるだろう」そうですね、たしかに何か特別な感じがします(またどこかへ行く)。といった具合だ。とてもいい人だったんだけど。


ディオニスウ:


ちょっと変わったアルホンダリキにお礼を言って次のグレゴリウに向かう。ここからが本当にキツかった。2時間のアップダウンだったのだが、日陰がなかった。太陽は西に傾き、西側を歩いている僕たちを容赦なく照らした。これくらいの太陽の光なら目玉焼きが10分くらいでできるんじゃないかと思った。しかも崖のようなところだったので木がまったくない。休める日陰がほとんどない。僕は太陽の光に当たると頭が痛くなるのでこれにはほんとうに参った。父はアップダウンに参っていた。何回も休憩しながら歩いてやっと今日泊まるグレゴリウに着いたのは5時近くだった。ここには三菱インバータエアコンがあった。日本の商品もこんな辺境に入ってくるのか、とちょっと感心したようながっかりしたような。グレゴリウも海に面していて感じのいい修道院だった。アルホンダリキにいた僧侶も本当に親切にしてくれた。


グレゴリウ:


5時半に礼拝に出て、6時過ぎに夕食をいただく。カレーのようなもの(トマトソースがベースのマッシュルーム・グリーンピース・トウモロコシの入ったルウを麦にかけたもの)とキュウリ半分とスモモが出た。どれもおいしかった。夕食後、修道院にいた人達と話をする。ちょっと東方正教について教わる。正教の教えではいい行い(信仰によって定義されたものではない)をしてさえすれば異教徒でも天国に行けることになっているらしい。なるほど、これなら異教徒に寛容な理由が分かる。ただ、正教徒だと天国に行く前にすでに天国のようなところに行けるらしい(最後の審判を前に)。それから正教では他のキリスト教の宗派よりも奇跡が起こりやすいらしい。話をした僧侶はヒゲに熱くない奇跡の炎(エルサレムの火だったかな)を宿したと言っていた。正教について知りたいならFather Paisiusについて読んでみるといいよ、と言われた。今度読んでみようと思う。


ところでちょっと厄介なことが起こった。明日予定していたウォーキングのコースが工事で塞がっていて落石や爆発の恐れがあるらしい。しっかりと「通行を強く禁止します」と書いた貼り紙があった。困ったな。そこに行けないとウラノポリに帰れなくなる可能性もある。仕方がないので明日の朝のウラノポリに帰るボート(予約がいるやつ)で席が空いていないか聞いてみることにする。最悪ダフニというアトスの出国手続きをするところまで行ければあとは何とかなるだろう、という結論に達した。


この日は9時くらいに寝ることにした。ここの部屋もアギア・アンナに続いていいところだった。6つベッドがあるところだったが、泊まっているのは僕ら二人だけだった。しかも海が見える。あと、ウォータークーラーが置いてあり、ここの水は下手なミネラルウォーターの数倍はおいしかった(これはペットボトルに入れて持って帰り、その後数日飲んでいたが、やっぱりおいしかった)。


今回はすんなり眠りにつけた。しかし、午前2時頃になって全身がかゆくて目が覚めてしまった。おそらく体が上手く洗えてなかったからだろうけど、祟りのようなかゆさだった。もう頭から足までかゆかった。こういう場所では不思議な現象が起こるものなのかもしれない、とちょっと信じたくなるような猛烈なかゆみだった。